ウォーキングの効果が非常に多岐にわたる。
運動不足の解消から始まり、自律神経を整えてくれるし脳の活性化にも役立つ。
そして女性にとっては美容にも役立つ、という効果がある。
ウォーキングはジョギングよりも簡単に誰でもできるし、効果もジョギングよりも大きくまたマイナス効果もないと言うこともある。
自律神経を整えてくれるというのが私にとってもちょっと意外な効果なのだが、実際ウォーキングをしている人はすごく健康そうに見えるのだ。
そういったこの健康法について探ってみよう。
ウォーキングの効果とやり方―いつやってどのくらいの時間?
ウォーキングの効果の前に、他のスポーツと比較してもいくつかメリットがある。
第1に基本的にウォーキングは単に歩くことが基本となるので、他のスポーツのように改まった服装をしたり、運動具を使うなどの手間がない。
そして自分の体力に合わせて誰でも出来るというメリットがあるし、これは他のスポーツにはちょっと無い要素だ。
ウォーキングは有酸素運動であるため、脂肪の燃焼が期待できる。
そして自律神経を整えて脳を活性化する。
さらにそれと関連して、免疫力や血行を改善し、同時にその不良からくるストレスをも改善してくれるのだ。
ウォーキングの効果がマックスになるのは、朝の食事前が最高と言われている。
その理由は、ウォーキングによって完全に体が目覚めて体内時計をリセットするという効果が新たに加わるためだ。
そして何よりさわやかな気分にもなれる。
わたしなども幾分自律神経が失調気味で、朝の寝起きが苦手な方なのだが、朝起きて特別なことをせず、ただ歩くことだけで体調を整えてくれるのだから、すごくおトクな方法だ。
理想的にはそういう朝食前のウォーキングを、毎日30分、一週間でトータルすれば3時間30分ということになる。
もちろん自身の都合でどうしてもそういう早朝に出来ない、ある曜日だけは避けなくてはならなかったら他の曜日に振り替えたり、まとめて一日2回分、1時間の長さを続けるようにすればよい。
ウォーキングの効果はいつ頃から出る?さらに細かい効果の説明
そういうウォーキングの効果というのは、始めてすぐに出るものではない。
よく言われているのは、ウォーキングを始めて毎日続けて約3ヶ月後に出る、といわれている。
そしてウォーキングは上記の通り有酸素運動の一環として脂肪の燃焼によるダイエット効果が期待できるわけだが、実際個々のウォーキングを始めてから、脂肪の燃焼が始まるまでは20分ほどかかる。
なので逆に言えば、5分や10分歩いた程度ではウォーキングのダイエット効果はあまり期待できないと言うことだ。
また、ウォーキングの時間をまとめて、2時間3時間を丸一日で消化するよりはあくまでもそれを毎日30分に振り分けた方が効果が上がる。
間違っても3日以上ウォーキングしないで置くようなことにならないよう心がけることだ。
Woomediaの増淵夕子さんなどもこのウォーキングの信奉者で、本人に聞いてみると毎日の生活にもメリハリがつくし、朝ご飯も美味しいと語っている。
そして何より、確かにお腹や太ももが細くなるなどダイエット効果もすばらしいというのだ。
出身地の沖縄の人にぜひウォーキングをしてほしい
私の出身地沖縄など、果物などは確かに健康的な食品が多いけれど、知る人ぞ知る日本一の肥満県という汚名をかぶり続けている。
実際沖縄を訪れてみればわかるが、内地(本土)ではちょっと見かけないくらいのまるまる太ったおばさん達に遭遇することも珍しくない。
その現況の一つはやっぱり脂っこい食品が多いこと。
要するに脂肪の摂りすぎなのだ。
なので沖縄の女性こそこの早朝ウォーキングをたしなんでいただきたいと願っている。
増淵さんの体験談だと、自律神経が改善されたかどうかは自身の実感として湧いていないとのこと。
「何しろ自律神経って言われても、どこがどう改善したかと言うこととすぐに連想できないしね」
言われてみればその通りかもしれない。
だがその現れというか、確かにウォーキングの効果として自律神経の改善による体調の良好化はあると語っている。
その一つがウォーキングを続けて一月くらいしてから、気持ちがすごく楽になってくるような実感があったという。
ウォーキングをしている間、セロトニンという精神安定のホルモンが分泌されることが知られているが、それが増淵さんの主張の根拠ではないかと思う。
なのでこうして知人の中にも体験者の声も聞けたし、私も毎日早朝というわけにはいかないかもしれないが、なるべく毎日30分程度の歩く時間は確保して生きたいと考えている最中だ。
私のクセでこれまでいろいろな美容方法を三日坊主で終わらせることも多く、結局私がせっかちなせいでもあるかもしれないが、あらかじめ3ヶ月後まで効果の出るのを待つことが決められているウォーキング。
自身の根気を養う上でもやるべき方法だと痛感している。
(喜屋武氷捺)