マリー・アントワネットと言えばフランス王政末期の女王で、夫の類16世とともに民衆を無視した苛政を行った張本人。
その死後から22年あまりも立つ今日、そんな評価が続いているだろう。
だが多くの歴史変動を後から顕彰してい見ると、時の新たな権力者が善人を打ち倒したとき、社会の安定を目論んで前任者のことをことさらに悪し様に記録したり伝えたりすることが多い。
彼女の“名言” というべきかどうかわからないが、パンが買えずに貧困にあえぐフランス人民に対して
「パンがなければお菓子を食べればよい」
と言うのがまさしくこれ。
死んだ人間は悪く言われる。
井戸端会議にいなかった女は突かれる。
こラーは今でも変わらないのではないだろうか。
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マリー・アントワネットがどのように後世の歴史家によってモンスターみたいなママのように書かれていたのか、この彼女のものとされている言葉、そして新たにわかってきている事実とのおおきなギャップから、以下に彼女がフランス革命当時、“悪い女”にされていたのかが見て取れるだろう。
何よりもまず、マリー・アントワネットはこんな言葉を言ってはいなかった。
実のところ、彼女よりも40年あまり前に生まれていたフランス人哲学者・ジャン・ジャック・ルソーの言葉である。
世界史の教科書でも「ベルばら」でも出てきた、あのフランス革命の火付け役みたいな男だ。
彼の名著「社会契約論」はフランス革命の精神的支柱になったと言われ、日本でも中江兆民センセイが明治時代、「民約論」なんてタイトルで翻訳している。
じゃあ何か?哲学者のくせにパンがなければ菓子を食べろと言ったのか?
と、疑いが出てくるのももっともだが、彼ルソーが言った「菓子」とは、ブリオッシュというもので、現在はパンの一種になっているもの。
フランスでパンと言えばフランスパンだが、ブリオッシュはマリー・アントワネットが王妃となってフランスに嫁いだとき、お国から持ち込んだ、バターと玉子を使って作るパンだったのだ。
フランスパンは塩と小麦粉、イースト菌だけで作るので、当時は確かにブリオッシュは菓子の仲間だった。
だがもちろん現代の感覚らから言えば、菓子と呼べる物ではない。
たんにフツーの食事と変わらない、贅沢どころか、もっと手に入りやすいものだったかも知れない、と言うわけである。
革命後、前の王朝の悪行をことさらに出そうという意図がはたらいたのか、当時の庶民の週間風俗を知らない知識人が字面だけなぞって記録を残したのかわからない。
一説には当時王室と反目していたフランス貴族の某かがこんな作り話を捏造したとも言われている。
とにかくこの「名言」のお陰で、彼女はいまだに「頭が悪くて世間知らずの中年女性」となってしまっているのだ。
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だが新たな事実がこうした発掘されてきていることによって、マリー・アントワネットに対する見方、特に女性からの味方がいろいろと変わりつつあるようだ。
フランスに嫁入りした時に彼女がお国のオーストラリアから携えてきたのは、以後現在に至るまでフランスの週間となっているコーヒーと、このブリオッシュの変形とされるクロワッサンである。
「ベルばら」に出てくるオーストラリア皇女時代のマリーは勉強が苦手で頭の悪い少女として描かれているが、一方また母親で啓蒙専制君主として今なお畏敬の念を抱かれているマリア・テレジアとの尽きせぬ母娘の愛情表現されていた。
理知的でない分、自然な親子愛や郷土愛の発露として、こうしたオーストラリアで親しんだ身の回りのものをフランスに持ち込んだとも言えるだろうし、また彼女によってこうした異国の食習慣が長らくフランスの食卓を飾り続けているというあたり、決して凡庸一辺倒のフランス王妃ではなかったようだ。
お国の食べ物や家具類嫁ぎ先にを持ち込んだり、お国の習慣をそのまま嫁ぎ先の家庭で続けたりすることはよくあること。
というより、普通の女性なら層でもしないとホームシックになることもあるし、ウツになる。
会社などでも管理職を仕切っている30代40代の女性などを見かけることも多いが、上級職になればなるほど孤独にさいなまれるのは男性以上だろう。
マリー・アントワネットのばあい、それが離宮に引きこもり状態となったり、自分の頭よりも大きくなったあの仰々しいヘアスタイルになってそれが現れてしまった。
おそらくこの頃になると政敵や側近から自分の悪口が入ってくるようになって来ていたのだろう。
王妃といえど人の口に戸は立てられない。
何とか逃げようともがいていたのかも知れない。
母親のマリア・テレジアがずいぶん娘の奢侈をいさめたとも言われるが、すでに社交の中心となった花形の娘マリーはガン無視。
その理由はわからないが、要するに小言をチクチク言う母親はウザイ!
こんな思考回路しか彼女にはなかったのかも知れない。
だが、その彼女の浪費自体にも今またメスが入れられているようだ。
一つには彼女の浪費自体がフランスの財政を傾けたというのはウソである。
浪費したのはむしろ夫・ルイ16世の祖父に当たる先代ルイ15世が悪い。
彼は側室を何人も囲い、いくつもの戦争に参戦して国費を削っていた。
つまりルイ16世とマリー・アントワネットはオーストリアとフランスの政略結婚には違いなかったが、ルイ15世にしてみれば自分がハデに使いまくった国費の尻ぬぐいでしかなかった。
だから二人は、いわばルイ15世に代わってギロチンにかかった様なものだ。
理知的ではないにせよ、それなりの社交性、容姿も備えていたし、4人の子供の母親として、時代が時代でなかったらそれなりに家庭を切り盛りした女性であったろう。
だが敵対者のチクリがかの「名言」をこしらえ、長らく誤解の人物となったコトは否めない。
今でも国を問わず現在進行形で行われているチクリやウソ。
その犠牲の最たる人物、その一人がこの彼女ではないだろうか。
(増淵夕子)