10月31日のハロウィンで渋谷が大混乱だったようだ。
各紙で報じられているらんちき騒ぎの後の渋谷の街はゴミの山がそこここに見られ、渋谷の住民にとってはいい迷惑となる毎年恒例の日となった。
このハロウィンの元々の意味を知らない若者が大半で、彼らがこぞってコスプレに身を包み、流行の街である渋谷をこの日だけはとばかり無礼講で殺到する。
ややこしいのは、この集団の中に多くの外国人、とりわけ英語圏の彼らが混ざってきていると言うこと。
何か今の日本が危ない諸外国の勢いに押されてあまり良くない意味でグローバル化しているのかも知れない。
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もともと日本の警察は、外国人とりわけ白人にはメチャ弱い。
その彼らがも先達になって元々はヨーロッパの祭りだったこのハロウィンを賑やかに祝うようになった。
正直日本人は警察に限らず、白人の外人には一種劣等感を持っているから、彼らのこんな行事に憧れると言うこともあるし、ましてや若者は流行に順応するのが速い。
だから結果として、渋谷がハロウィンのルツボとなった10月31日は日本人の若者と外人がコラボして危ない、ゴミだらけの街になっていったといえる。
だがハロウィン当日、いくら渋谷が危ないとか、警察が出張っているとか言っても一応はその騒ぎの中心は日本の若者達だからまだ良いかも知れない。
外人が集団に固まって、日本の中で何か一つの行動を推し進めるのもけっこう怖いし、ある意味日本人以上に問題だといえる。
一番それでよく分かるケースが新宿歌舞伎町ということになる。
歌舞伎町はかつて日本の反社会的勢力が仕切っていたが、以前それが公序良俗に問題があると言うことで彼らが締め出されたことがある。
だがその真空地帯に目を着けて乗り込み、あっという間に歌舞伎町に君臨していたのは他ならぬ日本の近隣にある大国の集団だった。
もちろん彼らもアウトローみたいなもので、その点以前いた日本人のグループと同じようなものだったが、しかしながら残酷さ、暴力性は日本の集団のそれをはるかに凌いだ。
結果として警察の手でにはどうにも手に負えなくなり、一度は追っ払った日本人の集団を呼び戻したような格好で、今の歌舞伎町は成り立っている。
極端な例だが、要するに白人でも同じ黄色人種でも、やり口は日本人よりももっとハデで残酷になるということだ。
日本人が大人しすぎるという声もあるが、自分の意見では、元々日本人はそういう風に出来ていると思う。
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だから今年もハロウィンで渋谷がさんざん汚くされた、危ない街になったと言っては日本の若者の暴れっぷりをメディアでは報道しているが、絶対にこれだけじゃない。
メディアも外国人には遠慮して大きく報道していないはずだし、かなりの悪さをしていると私は考えている。
その良い例が数年前に起こった山手線内の出来事だ。
ハロウィンに浮かれて乗り込んだ外国人の集団が、山手線の車両の中でいったい何をしていたか?
何と彼らは乗り込んだ山手線の列車の電灯を全てたたき壊ししている。
日本人の若者もここまでやることはない。
やったら器物損壊で手が後ろへ回るし、日本人特有の公衆道徳もまだ健在であるからだ。
だが外国人に対してはこうした刑罰を受ける前に本国に強制送還されると言うこともあるかも知れないが、それ以前に日本の警察が彼らに甘いと言うことを肌で知っているように思う。
この山手線の電灯を破壊した外国人、当然男性ばかりだったと思うが、警察はいまだに犯人を一人として検挙していないとか。
いったい日本の警察は外国人に対してどう考えているのか。
同じ日本人として、首をかしげるべきだろう。
メディアでは日本人の渋谷ハロウィンに参加していた数人について、公務執行妨害だとかいって逮捕したニュースを流したが、たぶん今年も外国人は去年や一昨年と似たり寄ったりの、つまりもっとすさまじい暴れっぷりをしているのだろうし、なかなかオモテには出てこないだろう。
もちろんだからと言って、渋谷でコスプレに扮してどんちゃん騒ぎする日本の若者を問題視しないというわけではない。
渋谷に繰り出した日本の若者たち、上に書いたとおりハロウィンが何の祭りなのかをぜんぜん知らないと言うことを暴露しているかのように、コスプレも思い思いだった。
何が思い思いだったか?というと、要するにハロウィンとは全く関係ないコスプレまで登場していた。
なんだかこのへん、いかにも日本「風」だと言うのが私の見解だ。
文化も宗教もごちゃ混ぜになってしまった渋谷のハロウィン仮装。
アニメキャラに扮装したり、チョンマゲカツラになったり、何でもありって感じがする。
日本人って祭りに関してはこういう異文化融合が得意だが、それならなおさら外国人に対する取り締まりも日本人と公平にしてほしいのだが。
(吉野博耶)